勝手時空雑記

思ふこと言はでぞただにやみぬべき われとひとしき人しなければ

The female novelist passed away on Nov. 23rd

f:id:kyn9:20201010130628j:plain

明治後期、溢れる才能を一気に開花させた女性小説家の記念館

三話続いての昭和の女性歌手話で誠に恐縮ですが、先日NHK BS放送にて「山口百恵引退コンサート」が放映されました。今からちょうど四十年前の1980年秋、科学技術で世界に名を馳せようと日本が動き始めたこの時代、突如引退宣言を行い、まだ二十代の若さで芸能界から身を引いた山口百恵さん。当時絶頂期にあった彼女の心の中を知る日は、永遠に訪れないのかもしれません。

 

既にこの世を去った母は、そんな彼女の大ファンでした。僕と同じく人混みをあまり好まない母です。コンサートには全く足を運びませんでしたが、よく家のステレオで彼女のレコードを聴きながら、大好きなコーヒーを飲んでいました。そんな環境に身を置いていたせいか、彼女の歌はヒット曲以外にも、空で口ずさめるメロディーがいくつかあります。

 

ところで話はガラッと変わりますが、明治大正期の風俗小説を読むことが好きです。「樋口一葉」はお気に入りの作家のひとり。「去る」の意味が決定的に異なりはしますが、山口百恵さん同様、二十代の若さで文壇を去った彼女。ご存じの方も多いと思いますが、そんな彼女が認めた手書きの原稿や遺品の数々が、都内台東区にある「樋口一葉記念館」に常設されています。

 

名作「たけくらべ」や「にごりえ」を執筆したであろう小さな文机。お出掛けの際、身に付けたかもしれない簪など、何度見ても見飽きない品々が、館内に大切に保管、展示されています。そして僕にとって何よりも目を引くのは、見る度にその書体の美しさに溜息が出てしまう彼女直筆の原稿用紙。樋口一葉に関する文献を何冊か読み、後から知ったのですが、「千蔭流」と呼ばれる書体なんですね。

 

宝暦(ほうりゃく)・天明期に活躍したとされる国学者「加藤千蔭」に倣ったこの文字。流れるような独特の筆の強弱を持った草書体で有名です(当初、女性文字なのかと思っていました)。記念館に飾られる原紙を少しだけでも原文で読んでみたいとの思いから、一時期独学で草書を学んではみたものの、元々飽きっぽい性格です。その難易度の高さにあっさりと挫折してしまいました(笑)。

 

今は、誰もがPCで奇麗な文字の文章を容易に世に公開出来る時代。余程の決心がない限り、改めて書を習うという機会にはなかなか恵まれないことでしょう。しかしながら、美しい書体に触れると、自然と心が豊かに、そして穏やかな気持ちになります。私見ながら、流麗な文字を書ける人はそれだけで、人として尊敬される要素を持っているような気がしてなりません。

 

さて、彼女の命日である毎年11月23日には「一葉祭」が執り行われます。新型肺炎の影響により、残念ながら今年は中止となってしまいましたが、例年どおりこの日の入館料は無料。希望者を募った「たけくらべゆかりの地めぐり」は、恙なく実行されるようです。

 

奇しくも彼女が没した11月23日は母の誕生日…。

 

「ゆかりの地めぐり」に参加したことはありませんが、三島神社を通り抜け、彼女が人生の一時期を過ごした下谷竜泉寺町(現竜泉一丁目)界隈を散策するとき、何故か家のリビングで山口百恵を聴いていた母の後ろ姿をふと思い出します。