勝手時空雑記

思ふこと言はでぞただにやみぬべき われとひとしき人しなければ

An earnest request by a gentle curator (part 1)

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大聖堂の広間でリースを前に物思いに耽る修道女

今回は少し不思議な体験をお話します。不思議と言っても怪談話ではありませんのご安心のほどを…(笑)。

 

今から五年ほど前の秋、車載用OEMビジネスのため欧州に出張しました。時差調整のため業務開始の一日前には現地に到着するスケジュールを組むことが多く、今回も土曜日の夕方にはFrankfurt空港に到着。その後Deutsche Bahn(ドイツ国鉄)で陸路を移動。そして翌日曜日、例によりお気に入りの美術館を訪ねました。

 

もう何度この美術館に足を運んだことでしょう。どの辺りに誰の作品が飾ってあるのか、およその配置も記憶しています。その日も大好きな絵(前回ブログ参照)を目標に、日曜日にしては人の少ない館内を気ままに散策していました。と、目の前に覚えのない小部屋が。覗いて見れば、四方の壁に四幅の巨大なカンバスが掲げられています。

 

「なるほど…、ある建物の中から東西南北を見渡した風景画になっているんだ」。絵画脇に添えられている銘板を読み、この部屋のテーマを理解しました。が、ひとつだけ影の方向、長さが他の三幅の絵とは異なる作品があります。「描いた時間が違うのか、それとも季節が違うのか…」。不思議に思い、近くにおられたご年配の学芸員の方に訊ねてみることにしました。

 

「いやあ、私も詳しいことは分からないんですよ」。聞けば仕事が休みの日だけ、ボランティアとして美術館の学芸員を務めていらっしゃるとのことです。こんな場面でも、美術が日常の一コマとして生活に溶け込む、欧州の懐の深さを教えられます。「今度勉強しておきましょう」。そうにこやかにご対応頂きましたが、「勉強すべきは僕の方です」と心の中で呟いたのは言うまでもありません(笑)。

 

さて、小部屋を後にしようと踵を返した瞬間、「あの、失礼ですが…」と学芸員の声。続いて「日本人の方でしょうか?」との質問を受けます。様々な国で多くの美術館を訪ねてきましたが、こんな声の掛けられ方は初めてです。「はい、そうですが、それが何か?」「実はひとつお願いがあるのです」。まるで何かに縋るような眼差しで語りかけられました。

 

「人を探したいんです」。

 

正直、何だか良く分かりません。「ひょっとして危ない人か?(失礼!)」との警戒心も芽生えます。でも、名のある美術館の学芸員を務める紳士です。きちんとした外見、立ち振る舞いからも、相応の気品、穏やかな人柄を感じます。腰を落ち着け、暫し彼の話に耳を傾けることとしました。以下、話された内容の骨子です。

 

1)昔、船乗りだった頃、日本で一人の女性と知り合った
2)その女(ひと)と恋人同士になったが、帰国のため別れてしまった
3)今どこでどうしているのか、出来るならば少しでいいから話がしたい
4)手掛かりは彼女の名前、歳、そして実家の場所を示した手書きの地図

 

何と、これらの情報を頼りに彼女の消息を調べられないだろうか、という相談です。

 

「まるで私立探偵だな…」。思わず高い美術館の天井を仰ぎました。

(Part 2に続く)